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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)14426号 判決

原告 栄和産業株式会社

右代表者代表取締役 荻野英治

右訴訟代理人弁護士 吉川孝三郎

同 羽賀千栄子

右訴訟復代理人弁護士 吉川壽純

被告 株式会社市場新聞社

右代表者代表取締役 尾上洋一

右訴訟代理人弁護士 青木俊文

同 成富安信

主文

一、原告と被告間の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約における賃料は昭和六三年三月一日以降は一か月金七三万九〇〇〇円、管理費は昭和六三年四月一日以降は一か月金一〇万三四四〇円であることを確認する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 原告と被告間の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)についての賃貸借契約における賃料は、昭和六三年三月一日以降は一か月七七万一九八〇円、管理費は昭和六三年四月一日以降は一か月一〇万三四四〇円であることを確認する。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

期間

(昭和年月日)

賃料

管理費

更新料

自53・3・1

至55・2・29

四二万三一八〇円

七万〇五三〇円

自55・3・1

至57・2・28

四七万一八五〇円

七万〇五三〇円

四二万三一八〇円

自57・3・1

至59・2・29

五二万八五一〇円

七万九九三〇円

四七万一八五〇円

自59・3・1

至61・2・28

五九万七二二〇円

八万九三三〇円

五九万七二二〇円

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は被告に対し、昭和六二年一二月一六日、期間昭和六一年三月一日から昭和六三年二月二九日までの二年間、保証金六五〇〇万円、賃料一か月六七万八九七〇円、管理費一か月九万六三九〇円の約定で本件建物を賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

被告は本件建物において輸入ファッション、雑貨類等の販売店及びショールームとして使用している。

2. 本件賃貸借契約は、昭和五三年三月一日に始まったものであるが、従前の賃料、管理費等の推移は次のとおりである。

3. 本件賃料は、本件建物の立地条件、場所的環境等の事情の変更すなわち公租公課の増額、銀座地区の土地の高騰、本件ビルの他のテナントの賃料の上昇により不相当となった。

4. そこで、原告は被告に対し、昭和六三年一月二二日本件賃貸借契約における賃料を昭和六三年三月一日以降は一か月金七七万一九八〇円、管理費を昭和六三年四月一日以降は一か月金一〇万三四四〇円に増額する旨の意思表示をした。

5. よって、原告は被告に対し、本件賃貸借契約における賃料を昭和六三年三月一日以降は一か月七七万一九八〇円、管理費を昭和六三年四月一日以降は一か月一〇万三四四〇円であることの確認を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1、2及び4の事実は認める。

2. 同3の事実は否認する。

ただし、本件建物の管理費が賃料改定の対象とされること自体については異議は述べない。

原告は請求原因2のとおりに二年毎の更新の度に家賃、管理費一〇パーセントを超えて値上げしており、今回の値上げは当初の家賃を基準とすると、八二・八パーセントもの値上げとなる。また、甲第六号証の小林鑑定書(以下「小林鑑定」という。)及び鑑定人阿久津の鑑定結果(以下「阿久津鑑定」という。)は、いずれも種々の問題があり、適正な継続賃料を算定すると、積算方式によれば七一万〇五八八円、スライド方式によれば六八万五〇一二円ないし七〇万三四六四円などであって、その中庸値である六九万七七六一円が適正な賃料である。なお、比準方式において、阿久津鑑定が採用した類似賃貸事例は、原告が賃貸している本件ビル内の他のテナントであって、これを基本とする改定率は政策的、妥協的であり、許されないものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、本件賃貸借契約の締結及び賃料、管理費の推移について

請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二、賃料増額の意思表示

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

三、賃料増額事由

いずれも成立の争いのない甲第六号証、乙第一、第二号証及び阿久津鑑定によれば、本件建物周辺の土地価格の高騰、物価の上昇などにより、本件賃料は昭和六三年三月一日、本件管理費は昭和六三年四月一日現在不相当に低額となるに至ったことが認められ、原告には本件賃料及び管理費の増額を請求できる事由があるというべきである(なお、本件建物の管理費が賃料改定の対象とされること自体については、被告も異議を述べておらず、明らかに争っていない。)。

四、相当賃料額、管理費の算定

そこで、昭和六三年三月一日現在における本件建物の賃料、昭和六三年四月一日現在における本件建物の管理費の各適正額につき検討する。

前記争いのない事実に前掲甲第六号証、乙第一、第二号証及び阿久津鑑定の結果を総合すると、次の各事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

1. 本件建物はJR新橋駅北東方約一五〇メートルに位置し、いわゆる銀座街の一角で、商業集積地として、高度に発展している地域であり、特にここ数年の土地及びテナントの需要が高い地域であり、地価の上昇も付近の公示価格でみても一平方メートル当り昭和六一年一月一日一六〇〇万円、昭和六三年一月一日二七〇〇万円と約七〇パーセント増となっている。

2. 本件建物は昭和五三年三月に建築された地下二階、地上八階建の鉄筋コンクリート造で、原告が一部を自社で使用し、その他の部分を店舗、事務所等として、賃貸している。

3. 本件建物の賃料につき、阿久津鑑定は、①いわゆる積算方式により、土地の更地価格に期待利回り二・二パーセントを、建物の再調達原価に減価修正した価格に期待利回り五・〇パーセントを乗じたもの(なお、本件建物については階層別及び部分別効用比率によりその値を求める。)に必要経費として減価償却費、公租公課、損害保険料、修繕費、管理費、空室損料、貸倒準備金をそれぞれ加算し、月額一一九万八二七三円とし(但し、ここから保証金六五〇〇万円の運用利回り五・〇パーセント、一か月当り二七万〇八三三円を控除すると月額九二万七四四〇円となる。)、②いわゆる比準方式により新規賃料を一平方メートル当り月額一万五〇〇〇円とし、現行実際実質賃料の月額一万二二四三円との差額を折半法により、その二分の一を加算した月額一万〇一三一円、これに本件建物の面積七七・五平方メートルを乗じた額を月額七八万五九六三円とし③いわゆるスライド方式により、東京都区部の消費者物価指数中総合指数を用いて、実際実質賃料(支払賃料に保証金六五〇〇万円の運用利回り五・〇パーセント、一か月当り二七万〇八三三円を加算したもの)を月額九五万八二七五円(実際の支払賃料は六八万七四四二円)としている。

しかし、実際の賃料の適正額については、右スライド方式は銀座のような高度商業地には現実に合致していないとして排斥し、本件建物の他の継続テナントの当初からの改定率が昭和五三年三月以来ほとんど同一の割合で合意されてきていること、今回も一三ないし一三・三パーセントの割合で合意されていることは衡平の原則から無視できないことを理由として、今回の改定額を現行賃料を一三パーセント増額した七六万七二四〇円としている(なお、右金額は積算方式あるいは比準方式により求めた上記金額内にある。)。

4. また、小林鑑定は、①積算方式により、土地の更地価格に七〇パーセント効用減価修正した金額に期待利回り五・〇パーセントを、建物の再調達原価に減価修正した価格に期待利回り七・〇パーセントを乗じたもの(なお、本件建物については、階層別及び部分別効用比率によりその値を求める。)に必要経費として減価償却費、公租公課、損害保険料、修繕費、管理費、空室損料、貸倒損失補償金をそれぞれ加算し、次に保証金六五〇〇万円の運用利回り五・五パーセント、一か月当り二九万七九一六円を控除し、最後に継続賃料の積算賃料の割合は八五パーセントであるとして、月額八〇万八四七六円とし、②比準方式として、実質賃料は月額一一二万六四六一円(保証金六五〇〇万円の運用利回り控除後の支払賃料は月額八二万八五四五円)とし、③スライド方式として、昭和五三年及び昭和六三年の東京都区部の消費者物価指数に、地域的観察として一七パーセント増額した支払賃料は月額八一万円とそれぞれ求めた上で、結論として月額八一万円が適正額であるとしている。

5. ところで、本件建物の適正賃料額を算定するに際し、約七〇パーセントもの大幅な地価の上昇があった本件地域において、これをそのまま反映させる結果となるような積算方式あるいは阿久津鑑定中の右3、②のいわゆる比準方式により求めた新規賃料との差額を配分する方式は採用できない。けだし土地価格の異常な高騰は投機的価格を多分に含んでおり、その上本件においては当初の本件賃貸借契約の際、保証金として一五三月分もの賃料に相当する金額が差入れられていることからみて、衡平を欠くことになる恐れがあるからであり、しかも積算方式においては、本件で賃料とは別に定められている比較的高額の管理費と、積算方式中で必要経費として加算されている管理費等との区別が判然としていないからである。

また、阿久津鑑定は本件建物ビル内の原告が賃貸している他のテナントとの賃料改定が従前一律に行われてきたことを重視し、その最低のアップ率である一三パーセントを採用しているが、被告も指摘するように、原告が賃貸している他のテナントが合意したからといって、これが適正額になるものでないことはいうまでもないことであり、これをそのまま採用することは政策的、便宜的であるとの非難を免れないであろう。

次に、小林鑑定はいわゆるスライド方式によりながら、突如として地域的観察として一七パーセント増をしており、その数値も含め、何らの説明もなく、根拠も不明である。

6. そこで、本件建物の賃料の適正額については、従前の賃料の推移、高額の保証金が差入れられていること、本件地域が非常に高度な商業地域であり、土地の価格が高騰していることなどに鑑み、以下のとおり算出することにした。

(一)  まず、阿久津鑑定が指摘しているように本件ビル内の他のテナントとの均衡そして何よりも最も類似した事例として意味を持っていることは否定できないから、今回の他のテナントの改定額が一三ないし一三・三パーセントの割合で合意されていることは一応の基準となるべきであるから、阿久津鑑定のとおり現行賃料の一三パーセント増の七六万七二四〇円を一応の基準額とすべきである。

(二)  次に、本件建物の賃料を従来の当事者間の主観的な事情を反映するスライド方式により求めると、持家の帰属家賃を除く家賃を対象とした昭和六一年及び昭和六三年の東京都区部の消費者物価指数は、昭和六一年は一〇一・九、昭和六三年は一〇六・七であるから(前掲乙第一号証)、昭和六一年の現行賃料六七万八九七〇円をこれによりスライドさせると、昭和六三年におけるそれは七一万〇九五二円となる。

(三)  よって、以下の二方法により求めた結果を比較し、確かに銀座地区においては、他の東京都区部の家賃に比較し、上昇率が高いことも否定できないので、それぞれの事情を総合する意味において、右(一)による賃料七六万七二四〇円と右(二)による賃料七一万〇九五二円を平均した額七三万九〇〇〇円(百円未満切捨て)をもって、適正賃料と認定するのが相当である。従って本件建物の賃料は昭和六三年三月一日以降一か月七三万九〇〇〇円に増額されたものというべきである。

7. 管理費については、小林鑑定によれば、物価指数の動向から七・五〇パーセント増と査定し、現行管理費九万六三九〇円の七・五〇パーセント増である一〇万三六〇〇円(百円未満切捨て)とし、阿久津鑑定も管理費は一平方メートル当り一二一〇円ないし一五一三円であり、一三三三・三円をもって妥当と判定し、結論として原告の請求額と同一の額である一〇万三四四〇円としているので、これをもって相当と認める。

第四、結論

以上によれば、原告の請求は、本件賃料が昭和六三年三月一日以降一か月七三万九〇〇〇円であること、本件管理費が昭和六三年四月一日以降一か月一〇万三四四〇円であることの確認を求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小島浩)

〈以下省略〉

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